RE Model car Museum

1/43RE車ミニカーBLOG

'90 マツダ サバンナRX-7 GT-R ライトチューン

サバンナRX-7FC3S)後期型の
エントリーグレードがGT-Rです。

標準的な装備のGT-Xと比較すると
LSD無し、リアスポイラーレス、
スチールホイール、スチールボンネット、
内装類簡略化(ウレタン巻きステアリング等)
となって、コストダウンが図られています。

チューニング前提ではアフター品に
変えられることが多い部分を削った
いわゆる走り屋向きのグレードですね。

しかし、あのGT-Rの名を
最下位グレードにつけてしまうあたり、
スカイラインへの当てこすりを感じたのは
私だけではないはず……

マツダ サバンナRX-7 GT-R ライトチューン 1/43 ディズム製

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このミニカーは
そんなGT-Rのよく見かけたような
ライトチューンを再現しています。
お送りするのは模型界の狂犬の異名をとる
アオシマのミニカーブランド、ディズム。


ライトチューンのメニューは至ってシンプル。

外観で分かる部分は純正スポイラー追加と、
重いスチール製のデュアルマフラーから
片側1本出しステンレスマフラーへの交換。
そして、5本スポークアルミホイール
交換がされています。

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そして、この5本スポークアルミホイール
あのスカイラインGT-R(R32)のホイールを
意識しているのではないかと思っています。

というのも、FCの現役時はともかく、
私が知る90年代後半の時期には確かに
R32GT-Rのホイールを履いていたFCが
本当に多かった気がするのです。

R32GT-Rは17インチ以上を余裕で履きこなす
ポテンシャルがありましたし、
結構な数の交換された純正アルミホイール
中古で流れていたんですね。

このホイールはBBSホイール製造元の
ワシマイヤー(現BBSジャパン)の製造で
鍛造アルミ製の強度と軽さは折り紙付きでした。


FCは上級グレードでも
205/55R16タイヤと
16インチ6.5JJホイール オフセット+52.5

対してR32GT-Rは
225/50R16タイヤと
16インチ8JJホイール オフセット+30

これを交換すると絶妙なワイドさが
ツライチでバシッと決まって格好良かった。


しかしGT-Rが本家GT-Rからアルミホイール
拝借していたとはまた皮肉ですよね。
確かにFCに似合っていましたので、
それがまたなんとも……

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あとは見えない部分になりますが、

走り屋仕様ならばやはり機械式LSDと車高調、
トーコンキャンセラーは
きっと入れていただろうと思います。

トーコンキャンセラー?

そうなりますよね。
これとロータリーエンジンの説明は
文系の私はいつも苦労するのです……


では、気を取り直して。

FCに特に顕著なマツダFR車の独特の機構に
トーコントロールという概念があります。

具体的にはコーナリング中に
一定以上の横Gの入力をうけて
サスペンションブッシュがたわんで
後輪の旋回外輪をトーインに傾ける機能です。
当時流行の4WS的なものですね。

これによってコーナリングフォースを増して
唐突に滑り出すことがなく踏ん張りがきいて
良く曲がるという理屈ですが、
その反面滑り出しも読みづらく
加速時の縦方向のGにもブッシュが悪さをして
限界付近ではコントロールがしにくいのです。

そこでこのゴムブッシュをピロブッシュに変えて
トーコントロール機能を殺すのが、
FCの定番の足回りチューンとして
確立していたのでした。

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高橋涼介仕様も格好良いですが、
走り屋仕様としてのアンフィニIIIは
キャラ付けとしてはともかく現実感が希薄です。

その点このGT-R
大多数の定番チューンの背景を
想像させてくれるのが面白いミニカーなのでした。

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'89 マツダ サバンナRX-7 アンフィニIII 高橋涼介仕様

一世を風靡した走り屋漫画、頭文字Dに登場する
赤城レッドサンズ、高橋涼介が駆るのが
サバンナRX-7FC3S)の限定車アンフィニIII。

マツダ サバンナRX-7 後期型 高橋涼介仕様 1/43 フジミ製

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アンフィニIIIはノーマルと比較して性能面では
ハイオク仕様となって10psアップの215ps、
リアシート撤去による軽量化、
ファイナルギア変更等、いわばメーカー純正の
ファインチューンが行われています。


この高橋涼介仕様はそこから
ライトチューンされていると思わます。
外観で判断できる部分では、

ミラー …雨宮 or TBOの最高速ミラー
マフラー…FEED、HKS等の一本出しマフラー
ホイール…SSRプロフェッサーSP1 or
     WORKマイスターS1

あたりに替えられているのが分かります。
シンプルでいかにもストリート仕様ですね。
街で見かけるFCも
これくらいのクルマが多い気がします。

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メーカーのフジミは
プラモデルでも頭文字D仕様を出していますが
ミニカーではあまり聞きません。

そのせいか全体のバランスは悪くないものの、
マフラーやホイール、
テールライトの造形が少し雑で、
フロントのマツダエンブレムの位置が
おかしかったりします。

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最近になってモデラーズからも
FCの高橋涼介仕様を出しているのですが
そちらはリトラを上げた状態です。

劇中での峠バトルは夜なこともあって
そちらの方がイメージ通りかも知れませんね。

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ところで、クルマ好きの先輩方(元ヤン)と
RX-7の話になったとき
先輩方の差すRX-7とはこのFCのことです。

彼らの青春時代の80年代後半。
R32GT-R登場以前には
日本車最速の一角だったFCのイメージは
それだけ強烈だったんですね。

しかし、そこに頭文字DのFCが話題に上がると
決まって多くは顔をしかめます。
理由は皆さんご想像の通りになります。

 

たしかにいわゆる走り屋は
70年代の暴走族をルーツとしますから
80年代にはまだその空気があったのでしょう。

ただ、90年代後半、私の学生時代には
既に走り屋にはヤンキーが少なかったのです。

今でいうリア充の夜遊びがクラブなら、
ある種のオタクの夜遊びが
ゲーセンと峠のギャラリーなのでした。

もっともこのオタク達の
排他的でストイックな部分は
古い走り屋に通じるところがあったので、
どこか親和性があったのかも知れません。

 

ですがそこから先、
特にアニメ方面からオタクの流入を助けたのは
頭文字Dであるのは確かでした。

この新旧2種類のオタクも
また話が噛み合いません。
前者はクルマ好き、走り好きが高じて
エンスー方面に入っていくオタクなので、
ヤンキーと同じように
後者の種類のオタクを良く思っていないのです。

 

同じクルマが好きでもオーナーの色が
ここまで違うクルマも珍しいです。
良く言えば層の幅が広く、
悪く言えばその分まとまりにくい。

これがFDになると
ヤンキーのオーナーは少なく
また違った様相になるのですが……

 

ちなみに私がどのあたりの人間かはさておき、
頭文字D結構好きです。当時は良く読みました。

第一部は展開的にも漫画として面白いので、
毛嫌いしている方も読んでみてはどうでしょうか。


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'67 NSU Ro80

NSUは習作ヴァンケルスパイダーを発売したのち、
1967年10 月、真打ちRo80を発売します。

低回転域の弱点を克服した497.5cc×2ローターの
KKM612型ロータリーエンジン
FFレイアウトで搭載して、
セミAT、パワーステアリングという先進装備で
エアロボディを纏った4ドアサルーンでした。

1968年欧州カーオブザイヤー受賞。

しかし、その華々しい船出に反して
NSUを傾けることにもなる悲劇のクルマです。


NSU Ro80 1/43 ミニチャンプス製

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一番驚くのは、やはりこのスタイリング。

同年発売されたコスモスポーツ
未来的なスタイリングですが、
コスモスポーツレトロフューチャー的な
懐かしさを感じるのに対して、
Ro80は発売年が10年間違っているんじゃないか
と違和感を覚えるほどの異端ぶりです。


それは数字にも如実に表れていて
クラウス・ルーテがまとめた空力的ボディは
1967年当時としては驚異のCd値0.35。

ちなみに、日本の60~70年代の
代表的スポーツカーと比較しても以下の通り。

……1967年発売の4ドアセダンですからね、これ。

 

空力に寄与する異型ヘッドランプも
これ60年代のクルマ?と違和感に拍車をかけます。

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と、ここまで持ち上げておいてなんですが
先進的ではあっても、美しいクルマかと
言われると少し首を傾げるかも知れません。

小さいロータリーを低重心で積んでいることを
印象付ける垂れ下がったフロントと
6ライトウインドウの広いキャビンのせいで
どこか間延びして見えるせいでしょうか。

私を含め日本人受けの悪そうなデザインです。


とはいえ、このクルマ
間延びして見えるんだけではなくて、
実際にかなり大きいんですね。
ミニカーで同社のスパイダーと
並べてみると一目瞭然。

同時期の4ドアセダン比較だと
メルセデス・ベンツW114(現Eクラス相当)
とほぼ同じサイズになるんです。

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しかし、そんな先進的なクルマも
商業的には大失敗になります。
肝心のロータリーエンジンの信頼性が
いまだ不十分でエンジン交換が頻発するからです。

原因はオイルシール不良に加えて、
構造的欠陥によるプラグ周りの熱害からの
ハウジング亀裂と言われています。

 

NSUはクレーム対応に追われ、ついに1969年
VWグループのアウトウニオンに
吸収合併されます。

合併後の社名はアウディNSUアウトウニオン。
三菱東京UFJ銀行のように長い……)

 

合併後もRo80の製造は続けられて
エンジンの欠陥も後に解消したようですが、
最初のイメージダウンが大きかったことと、

ペリ吸気ペリ排気の低回転域の弱点を
セミATでカバーしていた為に燃費が劣悪で、
オイルショックの影響は覆すことが出来ず
1977年に10年に及ぶ販売の幕を閉じました。


そして、1985年には
社名からもNSUが消えて単にアウディとなります。
アウディになっても、そのエンブレムは
アウトウニオン時代からの
フォーシルバーリングスは変わっていません。

つまり、アウトウニオン創業時の4社
アウディ、DKW、ホルヒ、ヴァンダラーを
表したエンブレムのことですが、
そこには当然NSUはありません。

社名からもエンブレムからも
NSUはこの時に消えたのでした。

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しかし、NSUの遺産であるロータリーエンジン
今も静かにアウディの中に息づいています。

2010年ジュネーブモータショーでは
アウディA1 e-tronという
発電機としてロータリーエンジンを使う
電気自動車のコンセプトカーが発表されました。

今現在はまだ発売には至っていないようですが、
NSUの名前は消えても、そのロータリーの
復活の日は近いのかも知れません。


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'64 NSU ヴァンケルスパイダー

世界初のロータリーエンジン登載車は何か。
コスモスポーツ

いいえ、世界初はNSUヴァンケルスパイダー
(単にNSUスパイダーとも言う)です。


でも、量産車でロータリーを初めて載せたのは
コスモスポーツなんでしょう?

いいえ、コスモスポーツの生産台数は1,176台、
対してヴァンケルスパイダーは2,375台と
生産台数はコスモスポーツの2倍。

ヴァンケルスパイダーを量産車でないとすると
コスモスポーツも純然たる量産車とは言えません。

 

いずれの括りでも世界初の栄誉は
ロータリーエンジンのライセンサーNSUの
ヴァンケルスパイダーにあるのです。

そう言わないとたぶんドイツ人は怒ります。

……冗談はともかくロータリーの歴史は
たしかにこのクルマから始まったのです。

NSU スパイダー 1/43 ミニチャンプス製

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今更ながらロータリーエンジンの説明をしますと、
レシプロエンジンのように
往復運動を回転動力に変換するのではなく、
回転運動をそのまま回転動力に出力するのが
自然ではないか
という考えに基づいて生まれたエンジンです。

詳しいことをもっと知りたい理系な方は
ロータリーエンジン - Wikipedia
を読んで頂けるとよく分かるかと思います。


時は1957年。西ドイツNSUの
フェリクス・ヴァンケル博士によって
DKM型ロータリーエンジンが完成しました。

これは純粋な回転運動機関で
研究者には理想的なエンジンのように思えます。
コペルニクス的な円運動の美しさを追及した
いわばロマン、芸術ですよね。


しかし、NSUは構造が複雑で量産化が難しい
DKM型の開発を進めず、KKM型の開発に切り替え
1958年にそれを完成させます。

KKM型は純粋な回転運動機関ではなく、
繭型のハウジング内を
ローターが偏心しながら回転するもので
その後のロータリーエンジンの祖になりました。


純粋回転から偏心回転への切り替えは
ヴァンケル博士にとっては不満だったようです。
当初の科学的にピュアな研究動機を
捻じ曲げてしまうからでしょうか。

もちろん、そんなセンチメンタルな話だけではなく
偏心回転にすることで生まれる障害も
ヴァンケル博士は懸念してのことでした。

というのも、一番の問題はローターの頂点にある
アペックスシールに加わる負荷が偏心回転によって
変化するようになってしまうからです。

 

事実これによって、ローターハウジング内は
チャターマーク(波状摩耗)が発生し、
耐久性に大きな問題を抱えることになりました。

他にもシーリング不良によるオイル消費が甚大で
2stエンジンのように白煙を噴きながら走ること、
ペリ吸気ペリ排気のシングルローターゆえの
低回転域で振動が発生し安定しないことなど、
問題は山積みでした。


しかしNSUは1964年、
世界初のロータリーエンジン搭載の量産車
ヴァンケルスパイダーの発売を決行します。
もちろん、もろもろの問題点は未解決のまま。

 

そんなこともあって最初に戻りますが、
実用エンジンとしては信頼性に疑問符がついて
世界初の量産ロータリー車となるかは
意見が分かれているだと思います。

欠陥車であるというのは確かなんですが、
欠陥を抱えた量産品は
思い付くだけでもいくらでもありますし、
欠陥の有無が量産品か否かの判別基準にはならない
と私は思っています。


覚悟はしていましたが前振りが長くなりました。
そんなヴァンケルスパイダー。 

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1959年に発売の同社シュポルトプリンツ
2座オープン化したもので、
ベース車のデザインは
イタリアの名門カロッツェリア
ベルトーネ在籍時代のスカリオーネ

2座オープン化に伴うデザイン変更には、
後に同社のRo80を手掛ける
クラウス・ルーテがあたっています。

 

駆動方式はRRでシングルローター500ccの
KKM502型ロータリーエンジンから
50psを絞り出しました。
1960年代当時の感覚ではリッター100馬力は
相当にハイパワーだったかと思います。

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重量バランス改善の為、
フロントにラジエターがあることから
RR車ながらフロントグリルがつきます。
ダミーではありません。

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リアのオーバーハングを見ると
RRであることが良く分かります。
控えめなテールフィンが可愛らしくもクラシック。

外観からはロータリーエンジン
先進的なイメージは皆無です。

 

実は一度だけ、この実車を見たことがあります。
7年程前の苫小牧発大洗行のフェリー乗り場
だったかと思います。

まさに動いているロータリー車の始祖。
恐らく日本に何台も残っていないでしょう。
その時はオーナー様に声をかけるのも恐れ多く、
見送るだけになってしまったのが
今思えば悔やまれます。

 

そんなクルマにもう一度会いたくて
買ってしまったこのミニチャンプスのミニカー。

メタリックブルーのボディカラーと
赤いシートのコントラストが鮮やかで
お気に入りの1台です。


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'70 メルセデス・ベンツ C111/II

70年代のメルセデス・ベンツ走行実験車両が
C111シリーズで、エンジンとプラットホーム
ボディと空力のテストに供されました。

中でも初期型のC111とC111/IIは
細部が微妙に違う13台が制作されて、
自社製ロータリーエンジンが搭載されています。

メルセデス・ベンツ C111/II 1/43 ミニチャンプス製

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1960年代から1970年初頭にかけては
各社で次世代エンジンの可能性の一つとして、
ロータリーエンジンが研究されていました。

特に熱心な研究を行っていたのが
ロータリーの本家本元のNSU、
続いて市販車を矢継ぎ早に投入したマツダ
変態的技術に定評のあるシトロエン
アメリカのビッグスリーの一つGM
そして今回紹介のメルセデス・ベンツです。


まず、1969年にC111が発表されます。
ミドシップレイアウトに
300SLからの伝統のガルウイングドアと
600cc×3ローターのロータリーエンジンを搭載し
280psを発揮したコンセプトカーでした。

そして、翌年の1970年3月に発展型のC111/IIが
ジュネーブモータショーで御披露目。
空力的にさらに洗練されたデザインに、
搭載されるエンジンはなんと
600cc×4ローターのロータリーエンジン

マツダにも研究レベルでは
R16Aという4ローターを搭載した
実験車両が存在していたといいますが、
C111/IIは350psを発揮して最高速度は300km。
ロータリーエンジンの速度記録を更新しました。

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しかし、1973年のオイルショックを機に
メルセデス・ベンツ
ロータリーエンジンの研究開発は終了します。

C111の限定販売も一時期検討されたようですが
自ずとキャンセルになりました。

1976年にはエンジンをディーゼルエンジン
換装したC111/IIDの発表にも分かるように、
その後、C111シリーズは70年代を通して、
ディーゼルとターボ、空力研究を続けます。


その先は少し横道ではありますが、
1978年にC111派生のCW311が発表されます。

メルセデス・ベンツ本体ではCW311の
生産には至りませんでしたが、ライセンスを
ドイツのコーチビルダーイズデラに譲渡して、
1984年からイズデラ・インペレーター108i
というスーパーカーとして発売に至っています。

車名には名乗っていませんが
しっかりとスリーポインテッド・スターが
フロントには付いていまして、
メルセデス・ベンツであることを誇示しています。

たしか、こちらは最近スパークから
ミニカーとして発売されていました。

(守備範囲外なので私は買っていません) 

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デザインは後にW124 初代Eクラスなど
多数のメルセデス・ベンツの市販車を手掛ける
ブルーノ・サッコによるのもので、
スーパーカー的な楔形のフォルムながら
どこか落ち着きさえある塊感のあるデザインは
ドイツ車であることを強く意識させます。

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 このミニカーのリアハッチは可動式で
そこには珠玉の4ローターロータリーエンジン
収まっています。

 

ミドシップロータリーのスーパーカー的な扱いを
受ける実験車両として、
C111/IIとマツダ RX-500は
比較されることの多いクルマだと思いますが、
並べてみるとその印象は随分と違います。

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C111/IIの方が一回り大きく
グランドツーリング的なゆとりすら感じる一方で、
RX-500は低く小さく
あくまでスポーツカーを意識させます。

両者の会社規模と顧客層、
開発思想の差が出ていて好対照ですね。


そんな両社のミドシップカーの末裔ですが、
技術的に明確な繋がりはないものの
21年後に直接対決を演じます。

1991年ル・マン24時間レース。
ロータリーを捨てた
メルセデス・ベンツ擁するC11に挑戦するのは
ロータリーの誇りを背負ったマツダ 787B。
その結果は皆様の知っての通り。

メルセデス・ベンツ C111とC11という名前に
奇妙な因縁を感じてみるのも
こじつけですが面白いかも知れません。


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'75 日産 S10 シルビア

トヨタセリカのマーケットに切り込む
スペシャリティカーとして、
B210サニーのシャーシに流麗なボディを与え
隠し玉のロータリーエンジンを搭載した
先進的なクルマとなるはずでしたが……

日産 シルビア LS 1/43 トミカダンディ製

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ご存知の通り、日産からは
ロータリーエンジン搭載の量産車は
販売されませんでした。

日産のロータリーエンジン
ペリ吸気ペリ排気のかなりのパワー指向で
その動力性能は期待できたはずが、
それが仇となって
マスキー法をクリアする排ガス対策と
オイルショックによる低燃費志向に、
対応が難しいと判断されたのでしょうか。

 

唯一生き残ったマツダロータリーエンジン
市販車は基本的にサイド吸気ペリ排気。

ペリ吸気ペリ排気はパワーが出る半面
低回転域が不安定で街乗りには向かず、
マツダでもペリ吸気ペリ排気は
レース用エンジンとして扱われていました。
そのあたりの事情もあるのかも知れません。

 

結局、シルビアとして2代目に当たる
S10シルビア(正式名称:ニューシルビア)は
ロータリーエンジンの搭載を見送り、
ブルーバードUと共通の1800cc
L型4気筒SOHCエンジンを与えられます。

カリーナをベースとした
DOHCエンジンを搭載するセリカに対して、
サニーをベースとして
SOHCエンジンを搭載するシルビアは
どうにも力不足でした。


シルビアはセリカの牙城を崩すことは叶わず、
国内の販売は不振に終わりましたが、
アメリカではそこそこ振るったようです。

輸出名は200SX
後の180SX(ワンエイティ)に繋がる
ネーミングの源流になりますね。

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当初、ロータリーエンジン搭載を
前提としてデザインされたボディは
当時のアメ車を強く意識した日産の
一連のデザインの中でも一際斬新です。

マツダコスモスポーツ
宇宙船のようなフォルムと形容されましたが
シルビアもテーマは同じように感じます。

ボディサイドの抉りのきいたデザインも
当時は珍しかったのではないでしょうか。
そういえば2000年以降、
BMWのクリス・バングルデザインを鏑矢に
このような抉りをきかせた
(マイナスアールを使った)デザインが
多くなった気がします。

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サニーのシャーシのためトレッドが狭く、
タイヤが引っ込んで、かつ細く見えるのが
少し残念ではありますね。

ただ、宇宙船的デザインのクルマというと
シトロエンDSの印象が強いのか、
貧弱で細いほうが、
不思議と似合うような気もしてしまいます。


リアのスタイリングがまた特徴的で、
この見た目から
はまぐりシルビアと渾名されました。

アクが強く、好き嫌いが別れそうですが、
私は凄い好きなデザインです。

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アメリカのマニアが
マツダの13Bにエンジンスワップして、
当初の目論見通りの
ロータリーシルビアが実現したら……
なんて妄想をするだけで
ご飯3杯イけてしまうクルマですね。

もちろん、
ミニカーでもボンネット下に収まるのは
L型4気筒SOHCエンジンですが……

 

ミニカーは中古で購入した
トミカダンディ製のものになりますので
ディテールは大らかなものになります。
カラーはイメージカラーのマルーン。

細部を部分塗装して、
ディテールアップも考えましたが
これはこれで味がありますので
考えるところです。

不遇のマイナー車ゆえに、
国産車メインのエブロが出さないのなら
まず出ないだろうと思っていたのですが、
ミニカーから少し離れている間に
ハイストーリーから
素晴らしい出来のものが出ていました。

時すでに遅し。

いまでは入手困難のようですが、
ひょんなことから出物もありますし、
焦らず探そうかなと思っています。


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'70 マツダ RX-500 (3)

ミニカーの整理をしつつ、
写真を撮ってBLOGに上げているのですが
ついに悲しいことが起こりました……

今回紹介するミニカー、
気が付かずに2台買っていましたorz
やはり整理整頓は大事です。身に沁みました。

マツダ RX-500 プロモーションモデル 1/43 スパーク製

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さて、RX-500は東京モーターショー展示後、
今度はシルバーに再塗装をされて
初代サバンナRX-7
プロモーションに使われました。

個人的な感想ですが
RX-500を含めロータリー車には
シルバーが似合うと思います。

コスモスポーツのプロトタイプも
シルバーで塗装されていましたし、
モーターのような一種無機質な加速感や
代々、航空機をモチーフにされた
デザインにはシルバーがしっくりときます。

スポーツカーでシルバーというと、
どうもポルシェ以外では不人気で
それはRX-7等でも例外ではないのですが……

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ライトカバーが外されて
レンズカバーの奥に角型ライトが鎮座した
レーシングタイプのヘッドランプに
変更を受けました。

リトラクタブルヘッドランプ然とした
ものもカッコ良いのですが
これもまたクールな印象でよいですね。

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ちなみにホイールも発表時のものから
変更されていることがわかります。

このアルミホイールは実走を
想定されていたかは定かではありませんが、
発表時から時間が経っていますので
ホイールの調達は難しくないと思います。
(当初のホイールはハリボテでした)

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コーダトロンカ形状の特徴的な
リアスタイルをもつRX-500ですが、
構想段階では、
リアセクションは3種類考えられていました。

2008年にレストアされた際に
1/5のクレイモデルが作製され、
構想だけだったリアセクションの
バリエーションも立体化をされています。

1つが採用されたコーダトロンカ。

もう1つがストラトスのような
エンジンルーバーとウイングを備えた
レーシングタイプのもの。

そして3つ目が、初代サバンナRX-7のような
鞍型のグラスハッチバックとスポイラーを
備えたポピュラーなスポーツカータイプ。


そんなRX-500は社内デザインで、
まとめたのは福田成徳。
後のユーノスロードスター
デザイナーでもある方です。

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ミニカーで
最初の塗装のライトグリーン、
2番目の塗装のイエロー、
最後の塗装のシルバーの順に並べてみました。

実際は1台を塗り替えている訳ですから
これはミニカーならでは光景ですね。


実は仕様が色によって異なることから
複数台のRX-500があるのではと
思われていた時期もあったそうです。

レストアの際に塗装を一部剥がしたところ
塗り替えの層が発見されて、
1台を塗り替えていることが
公式に明らかになったのでした。


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